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腎臓病と関節炎

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関節炎は高齢のわんちゃんでは非常によくみられる病気です。そのため腎臓病と関節炎を両方患っている患者さんも決して少なくありません。このページでは、腎臓病のわんちゃんの関節炎治療の注意点などを解説していきます。

 

目次

 

関節炎とは?

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関節炎は関節の軟骨がすり減り、軟骨下の骨が炎症を起こして変形してしまう疾患です。関節の動きが悪くなるとともに、痛みを伴うことが特徴で、股関節やひざ、ひじなど手足の関節に多発します。

 

足を引きずる、歩幅が小さくなる、ふるえる、寝ている状態から起き上がるのが難しい、などは慢性的な痛みのサインである可能性があります。また、若い頃と比べて走ったり遊んだりしなくなった、などの行動的な変化も関節炎のせいかもしれません。もしこのような症状が気になったら、"歳だから"で片付けずに早めに動物病院で相談してみましょう。

 

なお、背骨に発生して腰や首の痛みの原因となる"変形性脊椎症"も治療法は共通する部分が多いのでこのページを参考にしてください。

 

消炎鎮痛薬NSAIDs

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わんちゃんの関節炎の治療管理でもっとも頻繁に使用される薬が非ステロイド抗炎症薬(Non-Steroidal Anti-Inflamatory Drug)という一群の薬です。頭文字をとってNSAIDs(えぬせいず)と呼ばれています。

 

〈犬に使用される代表的なNSAIDs〉

・ロベナコキシブ(オンシオール®︎)

・フィロコキシブ(プレビコックス®︎)

・メロキシカム(メタカム®︎)

・カルプロフェン(リマダイル®︎)

・マバコキシブ(トロコキシル®︎)

 

これらのNSAIDsは鎮痛作用が強くよく効くため、非常に重宝する薬なのですが、欠点はその副作用です。腎臓病のわんちゃんは特に注意しなければなりません。

実はNSAIDsは腎臓の細胞を傷害し、腎機能を低下させる可能性がある薬剤です。特に脱水状態になっているとリスクが高いことが知られています。これは薬の種類にかかわらず、すべてのNSAIDsが潜在的に持っている毒性です。"腎臓に安全なNSAIDsは存在しない"ということはよく覚えておきましょう。

 

いきなり脅かしてしまいましたが、それでは腎臓病の患者さんはこの薬は使わないほうがいいのでしょうか?

もちろん使わずに済むのであれば、使わないに越したことはありません。しかし、そうかといってむやみに薬をやめてしまい、痛みの管理ができなくなってしまっては元も子もありません。腎臓病の進行を恐れるあまり、痛がっているのを我慢させるなどというのは本末転倒だと思います。

くり返しますが、NSAIDsは関節炎の痛みに対しては非常に優秀な薬なのです。注意深く、正しく使って副作用のリスクを最低限におさえながらうまく付き合っていくことを考えましょう。 

 

薬用量の調整

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副作用のリスクを避けるためには、可能な限り薬の使用量を減らすことがもっとも大切です。規定通りの薬用量をずっと使い続けるのではなく、痛みを抑えることのできる最も少ない量を探していきましょう。

実際、薬の添付文書に書いてある規定の薬用量より、かなり少ない量でも十分に効果が感じられるケースも少なくありません。

※マバコキシブは1ヶ月間効果が持続するという特殊なNSAIDsです。薬用量を減らすというコンセプトになじまないため、腎臓病の子には使わない方が無難でしょう。

 

逆に、規定量のNSAIDsで痛みが抑えられないような重症のケースでは、他の鎮痛剤を併用して対処するのが原則です。NSAIDsの投与量を規定以上に増やすことは、副作用のリスクが高くなるため通常は推奨されません。

なお、NSAIDsは単独で使うのではなく、抗炎症作用のあるサプリメントや、違うタイプの鎮痛薬を併用することで、さらに使用量を減らすことができると考えられます。

 

EPAとDHA

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魚の脂肪に含まれるオメガ3脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)には炎症を抑え、関節炎の痛みを緩和させる効果があることが明らかになっています。

一般的に腎臓病用の療法食もオメガ3脂肪酸が強化されているものが多いのですが、関節炎の治療のためには、さらに多い量が必要かもしれません。

腎臓病と関節炎を両方かかえているわんちゃんに対しては、腎臓病用療法食に加えて、サプリメントでオメガ3脂肪酸(EPA)を増強することをおすすめします。

例えば標準的な腎臓病用療法食であれば、1gのフィッシュオイルのサプリメントを、フード50gにつき1つ加えてあげると、おおよそ丁度良い感じになるようです。

ただし、50gに対して1カプセルというのは意外と多く、特に大型犬ではかなりの量が必要になります。フィッシュオイルは食品ですが、あまり大量に摂取すると下痢などの有害反応が出てしまう可能性もあります。様子をみながら少しずつ増やすようにして、それでも体質に合わないときは他の方法を考えましょう。

 

モエギイガイ抽出物

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最も安全に利用でき、効果が期待できるのがモエギイガイ(ミドリイガイ)という貝から抽出された脂質を成分とするものです。フィッシュオイル同様にEPAやDHAなどのオメガ3脂肪酸が含まれていますが、それ以外の有効成分も含まれているようです。

モエギイガイ抽出物は、同じ量で比較した場合フィッシュオイルよりも関節炎の痛みに対する効果は高いと考えられます。結果として使用量がかなり少なくて済むので、大量のフィッシュオイルに耐えられなかった子にもおすすめすることができます。

 

モエギイガイ抽出物は関節炎だけでなく腎臓自体にも良いサプリメントとして使われることもあるようです。ただし、療法食の代わりになるものではないため、療法食+サプリメントでプラスアルファの効果を期待するのが正しい使い方です。(まだ療法食が必要ないレベルの初期の腎臓病の子にはサプリ単独で使うのもいいかもしれません)

 

 

軟骨保護サプリメント

オメガ3脂肪酸以外に、関節疾患に対してよく使われている成分として次のものがあります。

・グルコサミン

・コンドロイチン硫酸

・メチルスルホニルメタン(MSM)

・非変性Ⅱ型コラーゲン(UC-Ⅱ)

 

これらは関節炎の痛みに対してどのくらい効果があるか、科学的な証拠は少ないのが現状ですが、効果がみられたという報告もあるため試す価値はあると考えています。

一方で腎臓病自体に対する効果は知られていませんので、オメガ3系のサプリメントが優先順位としては高くなるでしょう。フィッシュオイルやモエギイガイ抽出物などを使った上で、必要に応じて併用するのがよいと思います。

 

関節炎用療法食

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関節炎用の療法食は、腎臓病用と同じように(あるいはそれ以上に)オメガ3脂肪酸が強化されています。軟骨保護成分が加えられている製品も多いですね。また、関節炎の患者さんは比較的太っていることが多いので、体重管理を意図してカロリーを低く抑えられているものが多いです。

初期の腎臓病で、かつ太っている子の場合は関節炎用のフードを使うのもよい選択肢です。

進行した腎臓病、タンパク尿を伴う腎臓病では腎臓病用のフードを選択しましょう。

原則として腎臓病の子にはダイエットはすすめられませんが、極端に太っているために痛みを悪化させていると考えられる場合は、減量を検討することもあります。必ず専門家の指導のもとでおこなってください。

 

 

その他の鎮痛薬/鎮痛補助薬

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関節炎の痛みに対して、NSAIDsとは異なる作用をもつ鎮痛薬が使われることがあります。また、他の鎮痛薬の作用を増強する性質を持つ薬(鎮痛補助薬)も注目されています。

一般的にNSAIDsほどの強力な鎮痛作用はないため、単独で使うことはあまりないようです。NSAIDsと併用することでより強い痛みに対処したり、NSAIDsの使用量を減らすために用います。以下のような薬があります。

・トラマドール

・プレガバリン

・ガバペンチン

・アミトリプチリン

 

これらの薬剤は腎臓から排泄されるものが多く、重度に進行した腎臓病の場合、薬が体内に蓄積して副作用が出やすくなるおそれがあります。また、種類によっては腎臓障害を起こしたという報告があるものもあるため、慎重な投与が求められます。

しかし、少なくともNSAIDsのように明確な腎臓毒性があるとわかっている薬ではありません。これらの薬剤を併用することでNSAIDsを減量できるのであれば、長期的にみればリスクを減らすことができるかもしれません。

 

グラピプラント

日本では2020年に発売開始された新薬で、NSAIDsと同じ痛みの経路に作用して鎮痛作用を発揮します。NSAIDsよりも副作用が少ないことが期待されており、腎臓病のわんちゃんに対しても安全性が高い可能性があります。ただし、実際の使用経験がまだ少ないため安心して使用できるというわけではありません。新薬というものは発売された後で予想もしなかった副作用が明らかになることがあるため、安易に飛びつくべきではありません。慎重な使用が求められます。

 

おわりに

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様々な治療法を挙げてきましたが、どれか一つの治療法だけで関節炎を管理することは難しく、通常は複数の治療法を様々に組み合わせて対処していく必要があります。

紹介した内科的、栄養学的な療法以外には、運動療法、ストレッチ、マッサージ、鍼(はり)治療、温熱療法、レーザー治療なども有効かもしれません。ただ、こうした治療は実施できる医療機関が限られるのが難点です。

 

痛がっているわんちゃんを見るのは飼い主さんとしてもたいへん辛いもので、なんとか早く痛みから解放してあげたいと思うのは当然のことです。しかし、便利な"痛み止め"に安易に頼ってばかりいると、気付かないうちに取り返しのつかない結果をまねくおそれもあるのです。

幸いにして、関節炎の痛みに対しては栄養学的な治療がとても有効です。必ずしも薬だけに頼らずとも大きく症状を改善できる可能性があるのです。大切な愛犬の老後がより健やかなものであるように、かかりつけの獣医師とよく相談し、協力しながら寄り添っていきましょう

 

【免責事項】

記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。実際の治療にあたっては、かかりつけの獣医師にご相談ください。