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血液検査の読み方

腎臓の機能を調べるために、最も一般的に用いられるのが血液検査です。しかし、いわゆる腎数値は必ずしも腎機能そのものを表しているわけではありません。血液検査の数字の解釈はそれなりに難しいものですが、愛犬の腎臓病と付き合って行くためには、できれば正しく理解していただきたいところです。このページでは慢性腎臓病における腎数値について解説していきます。

目次

腎機能マーカーとは?

腎機能マーカー(いわゆる腎数値)とは、血液の中に存在し、腎臓でろ過されて尿へと排泄されている物質です。腎機能が低下すると、尿中への排泄がうまくいかなくなるため、血液中の濃度が上昇してきます。この性質を利用して、間接的に腎蔵の機能を評価することができます。代表的な腎機能マーカーに次のようなものがあります。

  1. クレアチニン(CRE)
  2. 血中尿素窒素(BUN)
  3. SDMA

ここでは最も重要なマーカーであるクレアチニンについて詳しく解説し、他は簡単に触れるだけにします。

横穴のバケツモデル

個々の腎機能マーカーについて説明する前に、腎数値と腎機能の関係をできるだけわかりやすく説明するために、たとえを用いて図式化してみたいと思います。"横穴のバケツモデル"と呼びます。

f:id:vet-nutrition:20211206140716j:plainまず、上の図のように1個のバケツをイメージしてください。バケツの側面には上から下まで小さい穴がたくさん開いています。バケツの上にある蛇口からは水が出ていて、バケツにたまった水は横穴から流れ出ていきます。蛇口からバケツに入る水の量と、横穴から出て行く水の量が同じになると、水面は一定の高さで動かなくなります。

このモデルでは、バケツに開いている"横穴の数"が腎臓のろ過機能のたとえ、"水面の高さ"が血液検査で測定されている数値のたとえとなっています。

f:id:vet-nutrition:20211206140738j:plain腎機能が低下した状態をこのモデルで表現すると、穴の一部がふさがった状態ということができます。部分的に穴がふさがると、出て行く水の量が減るため水面が上昇してきます。しかし、バケツの上の方にも穴は開いているので、水面が高くなるとともに出て行く水の量も増え、どこかでバランスがとれて水面は最初よりも高い状態で安定します。これが、腎機能が低下したことによって腎数値が上がっている状態です。

f:id:vet-nutrition:20211206140757j:plain今度は水の出ている蛇口のほうを絞ってみましょう。水が入る量が減ると水面は下がりはじめますが、水面が低くなるとともに出て行く水の量も減っていきます。そして入る量と出る量が釣り合ったところで再び水面は安定します。これは、その物質が血液中に入る量が減れば、腎機能に変化がなくても腎数値は下がる、ということを意味しています。仮にこのとき水面が最初の高さに戻ったとしても、ふさがった穴が元に戻ったことを意味するわけではありません。腎臓から排泄される物質であれば、ほとんどのものにこのバケツモデルの考え方を適用することができます。

クレアチニン(CRE)

f:id:vet-nutrition:20211206140833j:plainそれでは、ここからは具体的な血液検査の項目についてみていきましょう。

クレアチニンは最も一般的に使われている腎機能の指標です。クレアチニンは筋肉に含まれているクレアチンという物質が代謝されたものであり、その血液中の濃度は筋肉の量に大きく影響を受けるのが特徴です。

バケツモデルで言うと、クレアチニンバケツに注ぐ蛇口は筋肉についていて、全身の筋肉の量に応じた量の水が出ています。したがって、腎機能にまったく問題がない場合でも、筋肉が多いわんちゃんのクレアチニン値は高く、筋肉の少ない子のクレアチニン値は低くなります。これは、検査結果を解釈するうえで重要なポイントになっています。

基準値の問題

f:id:vet-nutrition:20211206144550j:plain血液検査の結果は"基準値"を超えているかどうかが一つの判断基準となります。基準値(参照値)とは「健康な子であれば、だいたいこの範囲に収まりますよ」という数値のことです。しかし、"健康な子"のなかには筋肉の多い子もいれば少ない子もいるため、クレアチニンの基準値の範囲はかなり広くとられています。

もともと筋肉量が多い子の場合は、比較的軽度の腎機能低下で基準を超えると考えられます。しかし、筋肉量の少ないわんちゃんにとっては基準値を超えるということは相当に腎機能が低下している可能性があるのです。一般的に、クレアチニンが基準値を超えた場合、腎機能の75%が失われているとも言われています。クレアチニンの数値を基準値と比較するやり方は、腎機能の指標としてはあまり優秀ではないと言えるかもしれません。

「数値」よりも「変化」を

f:id:vet-nutrition:20211206140858j:plainもっと早い段階で腎機能の低下を発見するためにはどうすればよいのでしょうか?一つの方法として検査結果を"基準値"と比較するのではなく、"過去の自分"と比較する方法があります。例えば、あるわんちゃんの1歳の頃のクレアチニンが0.6mg/dlで、シニアになってから検査をしてみたら1.2mg/dlだったとします。1.2は基準値の範囲内ですから腎機能は問題ないと言えるでしょうか?実は、このわんちゃんの腎機能はすでに約50%失われている可能性があります。クレアチニンの数値が2倍になると腎機能は半分になっていると考えられるからです。

当然ながらこの方法には過去の検査データが必要です。病気になる前から健康診断などで数値を把握しておくことが早期発見につながります。

筋肉量の減少

f:id:vet-nutrition:20211206144655j:plain心臓病やがん、そして腎臓病などの慢性疾患では、カケシア(悪液質)と呼ばれる、病的な筋肉量の減少が起こることがあります。また、病的な理由でなくても加齢によって筋肉量は減少します(サルコペニア)。筋肉量の減少が著しい場合には、クレアチニン値が時間とともに減少することも起こりえます。これはバケツに注ぐ水の量が減ったために水面が下がっただけに過ぎません。腎機能が回復したわけではないため、誤解しないようにしましょう。筋肉量が少ないわんちゃんの場合、クレアチニンの数値は実際の腎機能を反映していない可能性があることに注意しなければなりません。

血中尿素窒素(BUN)

BUNも一般的に利用される腎数値で、血液中の尿素の量を測っています。BUNは腎機能以外にも様々な影響を受けて数値が上下するため、単独で腎機能の指標として用いることは適切ではありません。ただし、尿毒症の"症状"とはよく一致するとされており、診断・管理の役に立つことがあるため、クレアチニンと同時に測定されることが多いようです。

SDMA

対称性ジメチルアルギニン(symmetric dimetyl arginine:SDMA)は、比較的最近実用化された新しい腎機能マーカーです。クレアチニンと違って筋肉量の影響をあまり受けないため、より正確に腎機能を反映するとされており、腎臓病の早期発見にも役立つことが期待されています。しかし、SDMAも決して完璧な検査ではありません。ともするとその性能を過大評価されがちである点には注意が必要かもしれません。特に、原因のわからない一過性の上昇を示すことが比較的よくあるため、1回の検査結果を鵜呑みにしないよう注意が必要です。

おわりに

血液検査は結果が数字で出てくるため、わかりやすい反面、最も誤解されやすい検査でもあります。

  1. 「腎数値が高い=腎臓病である」
  2. 「腎数値が下がった=腎機能が良くなった」
  3. 「腎数値が基準値以内=腎機能は大丈夫」

すでにみてきたように、どれも正しくはありません。誤った解釈は誤った治療につながり、わんちゃんの不利益につながるかもしれません。数字で自己判断せずに、十分に獣医師に相談していただくことをおすすめします。