わんちゃんの腎臓病に関しては、国際腎臓病協会(IRIS)という団体がガイドラインを定めており、慢性腎臓病の病期を4段階のステージに分類しています。本来、ガイドラインというものは、獣医師が診療の目安とするために使うものですが、ステージ分類の概念を学ぶことは飼い主さんにとっても利益になるでしょう。このページでは、IRISの慢性腎臓病診断ガイドラインにおけるステージ分類について解説します。
目次
ステージ分類の目的とは?
慢性腎臓病をステージに分類することの目的はなんなのでしょうか?1つの目的は、適切な治療法を選択するためです。IRISのガイドラインでは、各ステージにおける適切な治療法が科学的な証拠(=エビデンス)をもとにまとめられています。ガイドラインに従うことで腎臓病が専門ではない獣医師であっても、それぞれの病期に応じた適切な治療を行うことが容易になるのです。
ただし、ガイドラインは絶対に従うべきルールというわけではなく、自動的に治療方針を決めてくれるものでもありません。個々の患者さんの状態や、飼い主さんの事情はそれぞれに異なっています。治療方針は飼い主さんと獣医師とが相談しながら、総合的に判断して決定していく必要があります。ガイドラインはそのための一つの目安と考えましょう。
ステージ分類の基準値
IRISの慢性腎臓病ガイドラインでは、クレアチニンとSDMAの数値によってステージが区分されています。
血液検査で出てきた数値を、決まった基準に当てはめるだけなので、一見するとずいぶん簡単なものに思えるかもしれません。しかし、いくつか注意しなければならないポイントがあります。
第一に、このガイドラインはあくまでも慢性腎臓病の患者さんが対象ですので、大前提として診断が正しくできていなければなりません。血液検査で腎数値が上昇する原因は慢性腎臓病に限らないため、まずその他の疾患の可能性を否定することが重要です。きちんと診断ができていないのに、血液検査の結果だけであわててステージ分類をしてしまうのはよくある間違いのパターンです。
次に、血液検査の数値はさまざまな原因で変動するため、最低でも数週間の間隔をあけて2回以上の血液検査が必要です。複数回の検査でその数値が大きく変わっていないことを確認してから評価に用いるのが原則です。特に、体調が悪いときに行った血液検査の結果は、脱水によって腎数値が上昇していることがよくあります。こうした数値をもとにステージ分類をしてしまうと、実際の腎機能よりも悪い評価をしてしまうため注意が必要です。
クレアチニンとSDMAの不一致
ステージ分類にはクレアチニンとSDMAという二つの基準があります。両者が常に一致していれば迷うことはありませんが、実際には二つの検査結果が食い違うことがしばしばあります。
最も代表的なものが筋肉量の減少によるものです。この場合、クレアチニンは実際の腎機能を反映せず、より低い数値を示します。そのため、筋肉量が少ないわんちゃんの場合はSDMAの結果のほうを採用するのが適切な場合があります。逆に、クレアチニンだけが高くなるパターンも存在しますが、この理由はよくわかっていません。他の検査結果等もふまえ総合的に判断します。
ステージ1の診断
ステージ2以上については、各ステージ毎に定められた基準値を超えたときにそのステージとして分類すればよいので比較的簡単です。しかし、ステージ1だけはクレアチニンもSDMAも基準が"未満"になっています。これでは腎数値が上昇していない患者さんも含まれてしまうことになります。腎数値が高くないのに、そもそもなぜ腎臓病と診断できたのか?と疑問に思うかもしれません。ステージ1の慢性腎臓病を診断する基準はいくつかあります。順番にみていきましょう。
SDMA
SDMAが持続的に正常基準値の14を超えている場合、ステージ1の慢性腎臓病と診断される可能性があります。ただし、SDMAはステージ1に相当する範囲では信頼性(再現性)が低く、後日もう一度測ってみたら正常値だった、ということが頻繁に起こります。そのため、かならず繰り返し測定をして"持続的に"基準を超えていることを証明しなければなりません。1回の検査で診断することはできないため注意しましょう。
クレアチニンの基準値内での増加
クレアチニンの数値が基準値の範囲で(ステージ1の範囲内で)時間とともに増加している場合、慢性腎臓病と診断される可能性があります。例えば、健康診断の血液検査でクレアチニンが年々上昇しているような場合、それが基準値の範囲内であったとしても慢性腎臓病である可能性があります。
持続性タンパク尿
尿検査で、腎臓に由来するタンパク尿が3ヶ月以上持続的に認められている場合、血液検査の結果が基準値以内でも慢性腎臓病と診断される可能性があります。タンパク尿の有無は尿タンパク-クレアチニン比(UPC)という項目で評価します。
画像検査での異常所見
レントゲン検査や超音波(エコー)検査で、腎臓の構造の異常がみつかり、3ヶ月以上持続している場合には慢性腎臓病と診断される可能性があります。例えば腎臓が小さい、表面がデコボコしている、内部構造の異常、などがあります。
ステージ分類にまつわる誤解
ここからはステージの評価に関する、よくある誤解について解説していきましょう。ここまでステージ分類の話を聞いて、どんなイメージが頭に浮かんでいるでしょうか?「4段階のステージ」という言葉で、飼い主さんが頭の中に描くイメージは、次の図ようなものかもしれません。
ヨコ軸が時間、タテ軸が残っている腎機能を表しています。これは各ステージの幅が均等で、ステージとステージの間には段差がある、"階段"のイメージです。しかし、実際の腎臓病の進行はこうしたものではありません。より適切なイメージを図にしてみます。
腎機能の低下は連続的に変化する曲線であり、どこにも段差はありません。ステージの境界は便宜上引かれた線にすぎません。ステージが進んだからといって何かが突然大きく変わるわけではないということを理解しましょう。
そして、各ステージの幅は均等ではありません。ステージ1が最も広く、進行するにしたがって狭くなっていきます。これは腎機能の低下は一定のスピードではなく、加速度的に起こるという事実によります。ステージ1や2では"年"単位で進行することなく維持できることもありますが、ステージ3や4に同じだけの時間が残されているとは考えないほうが良いでしょう。慢性腎臓病は何よりも早期発見が重要なのです。
おわりに
IRISのガイドラインは正しく理解すれば、獣医師と飼い主さんが情報を共有し、わんちゃんの治療のために協力していくために有益なものかもしれません。しかし、実際にはきちんと理解されぬまま数字だけが一人歩きして、飼い主さんを混乱に陥れているという側面もあるように思います。ガイドラインは私たちが使うべき道具であって、支配されるべきものではありません。適切に利用していきましょう。
【参考】