"伝統的"な腎臓病の治療法、活性炭療法について解説します。
目次
活性炭療法とは
活性炭は顕微鏡レベルの小さな穴が無数に空いている構造をしており、この微細な穴に様々な化学物質をくっつける性質をもっています。消臭剤などとして利用されるのも、匂い物質を吸着できるこの性質を利用したものです。
活性炭を飲むことによって腸の中の悪玉物質を除去し、何らかの治療効果を得ようとするものを活性炭療法といいます。毒物を摂取したときなどにも用いられますが、腎臓病では主に尿毒素を減らす目的で行われています。
活性炭は飲んでも血液の中に吸収されることはなく、腸の中で老廃物と結合して便と一緒に排泄させます。ここでいう"老廃物"とは尿毒素そのもの、または"尿毒素の原料となる物質"のことです。血液に吸収される前の、腸内にある老廃物の段階で排泄してしまえば、それだけ尿毒素を減らすことができると考えられるのです。活性炭は様々な種類の老廃物を吸着できることがわかっています。
効果は証明されている?
活性炭療法はもともとは人の腎臓病の患者さんを対象として研究されてきたものですので、報告されている文献もほとんどが人のものです。人では食餌療法などの標準治療と活性炭療法を併用することによって、尿毒症の症状が緩和され、生活の質が改善されることがわかっています。
ただ、人の腎臓病と犬の腎臓病は完全に同じものではないため、人での結果をそのまま犬に当てはめることはできません。残念ながら犬では有効性に関して十分に検証されているとは言い難い面もあり、慢性腎臓病の標準治療を規定しているIRISのガイドラインでは、活性炭療法は言及すらされていません。
しかしながら、少なくとも理論上は効果が期待できますし、人と犬が根本的に違うと考える理由もありません。経験的に症状改善効果を実感している飼い主さん、獣医師も少なくはないと思われます。
血液検査の数値は改善する?
尿素(BUN)やクレアチニン(CRE)などのいわゆる腎数値は活性炭によって改善するのでしょうか?
クレアチニンは筋肉に含まれるクレアチンという物質が代謝されたものです。活性炭の作用する場所である"腸"を経由していないため、活性炭を飲んでもクレアチニンの数値にはほぼ影響はないと考えられます。
尿素は肝臓で合成されていますが、その原料の一部は腸で発生するアンモニアです。活性炭は腸内細菌がつくったアンモニアを一定量吸着する能力があるため、その分だけ合成される尿素の量は減少すると考えられます。ただ、血液中の尿素すべてが腸からのアンモニアに由来するわけではなく、またBUNの数値は他の様々な要因の影響を受けて増減するため、活性炭を使っても必ずしも減少するとは限りません。
ところで、名前が似ているので"尿素=尿毒素"と思われているかもしれませんが、実際には尿素の毒性は低く、尿毒症の症状を引き起こしている主な原因物質ではありません。BUNは間接的な尿毒素のマーカー(目印)として利用されているだけで、ほんとうの尿毒素は別の多種様々な物質群です。
活性炭はこうした"真の"尿毒素を減らす効果が期待されているため、BUNが減少していなくても効果はある可能性があります。将来的にこうした尿毒素群を簡単に測定することができるようになれば、より適切に治療を組み立てることも可能となるかもしれません。
現状では血液検査で活性炭療法の効果を測ることは難しいため、症状が改善するかどうかを基準に考えるべきなのかもしれません。
初期からの使用に意味はある?
活性炭療法に第一に期待される効果は尿毒症症状の改善です。では、尿毒症症状のない初期の腎臓病で使用することに意味はあるのでしょうか?すなわち、腎臓病の進行を抑える効果はあるのか?という疑問です。
ある種の尿毒素は、それ自体が腎臓の細胞をさらに傷害するということがわかっています。腎臓病のせいで増えた物質がさらに腎臓を傷害する…つまり腎機能の低下は加速度的に進行してしまうことを意味しています。尿毒素を減らすことができれば、腎臓病の進行自体も抑えることができるかもしれません。
この疑問に関しては、人でも確実な証拠は十分ではないようです。というのも、多くの研究が比較的重症の患者さんを対象としており、無症状の初期腎臓病の方を対象としたものはほとんどないからです。
もちろん犬の腎臓病でもこの意味での有効性はまったく証明されていません。初期の腎臓病の子が活性炭を飲んでもまったく無意味という可能性もありますので、原則的にはおすすめできるものではありません。ただ、どのタイミングで始めるのがベストなのかという情報がない以上、早い段階で使用を開始することも否定すべきではないと思います。わんちゃん自身の反応や費用のことも含めて、飼い主さんが納得して続けられるかどうかが大切です。かかりつけの獣医師とよく相談してください。
どんな製品があるの?
現在、犬に使用可能な活性炭は成分として2種類あります。医薬品の球形吸着炭と、サプリメントとして販売されているヘルスカーボンというものです。広い意味では両者とも活性炭に含まれますが、分子の構造が異なっており、まったく同じ効果というわけではないようです。ヘルスカーボンは取り除く必要のない無害な物質まで吸着してしまう可能性があるとされています。ただ、そうした違いが現実的に治療効果に差をもたらすのかどうかも明らかではありません。
有効性に関する証拠が多いのは医薬品のほうですが、飲ませやすさの点ではサプリメント製品のほうに幾分の利点があるかもしれません。
副作用はあるの?
活性炭の副作用として代表的なものが便秘です。他に嘔吐などの消化器症状が見られることもあるようです。しかし、活性炭は血液中に吸収される薬ではないため、副作用があるとしても比較的軽いものと言えるでしょう。
副作用とは言わないかもしれませんが、活性炭を食餌にまぜて与えると、食べる意欲を低下させてしまう恐れがある点には注意が必要です。わずかな匂いや、ジャリジャリとした食感を不快に感じてしまうわんちゃんもいるかもしれません。嫌がる場合はカプセルに入れて与えるなど工夫してみましょう。
活性炭は他の薬と一緒に服用すると、その薬の効果を低下させてしまう可能性があるため、内服薬とは時間をずらして別に与える必要があることも覚えておきましょう。
おわりに
活性炭療法は他の治療法と同じように、適切な食餌療法と併用することによって最大の効果を発揮すると考えられます。決して食餌療法の"代わり"になるものではありませんので、ここは誤解しないようにしてください。
活性炭療法はエビデンス(有効性に関する科学的な証拠)が十分でないという点は理解しておく必要があります。しかし、そうかといって非科学的なオカルト医療というわけでもありません。1日1日を一生懸命生きている愛犬のために、出来ることはなんでもしてあげたいですね?活性炭療法はそうした想いに対する、一つの可能性なのかもしれません。
【免責事項】
記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。実際の治療にあたっては獣医師にご相談ください。
【参考文献】
Asai, M., Kumakura, S., & Kikuchi, M. (2019). Review of the efficacy of AST-120 (KREMEZIN®) on renal function in chronic kidney disease patients. Renal failure, 41(1), 47–56. https://doi.org/10.1080/0886022X.2018.1561376
Liu WC, Tomino Y, Lu KC. Impacts of Indoxyl Sulfate and p-Cresol Sulfate on Chronic Kidney Disease and Mitigating Effects of AST-120. Toxins (Basel). 2018;10(9):367. Published 2018 Sep 11. doi:10.3390/toxins10090367