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腎臓病による貧血と鉄

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腎臓病では病期の進行とともに、貧血が認められることが多くなってきます。このページではわんちゃんの腎臓病による貧血の概要と治療法について解説します。

 

目次 

 

貧血とは?

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貧血とは血液中の赤血球の量が少ない状態を指す言葉です。赤血球は酸素を運搬している細胞ですので、貧血になると全身の組織で酸素が不足するようになってしまいます。

貧血は血液検査でPCV(充填赤血球容積)またはHCT(ヘマトクリット)という項目で評価するのが一般的ですが、およそ20%を下回ると重度の貧血とされ、酸素不足による体調不良が現れてくることが多いようです。

なお、貧血によって腎臓そのものも酸素不足にさらされるため、腎臓病自体がさらに進行してしまう可能性もあります。貧血は放置せず、可能な限り対処していくことが大切です。

 

腎臓病で貧血になる理由

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造血ホルモン:エリスロポイエチン

腎臓病によって貧血が起こる最も大きな理由は、腎臓で作られているエリスロポイエチンというホルモンが減少してしまうことです。赤血球自体は骨髄で作られていますが、骨髄に対して赤血球をつくるように命令(=エリスロポイエチン)を出しているのが腎臓なのです。腎臓病によってエリスロポイエチンを作っている細胞が徐々に失われていくため、骨髄での造血のスイッチが入らず貧血が起きてくるようになります。

 

貧血ホルモン:ヘプシジン

ヘプシジンは肝臓で作られるホルモンの一種で、造血に利用できる血液中のを減らす作用があります。エリスロポイエチンが善玉の造血ホルモンなら、ヘプシジンは悪玉の貧血ホルモンと言ってもよいかもしれません。

ヘプシジンは腎臓でろ過されて分解される物質であるため、腎機能の低下とともに血液中に蓄積してくるようになります。この意味でヘプシジンは尿毒素の一種でもあると考えられます。

さらに、ヘプシジンは炎症によって合成量が増えることも知られています。腎臓病以外に炎症性の疾患が併発している場合、より重度で治療困難な貧血をきたすこともあるかもしれません。

 

鉄の喪失

腎臓病による貧血にはの不足も関わっていることがあります。鉄は酸素を運搬するヘモグロビンの中心となるミネラルで、赤血球を作るために必須の栄養素です。

腎臓病が進行すると、尿毒素の作用によって胃や腸で微量の出血が起こるようになります。これは必ずしも目に見える量の出血ではないためなかなか気付くことが難しいのですが、こうした慢性的な出血によって鉄不足になることが多いと考えられています。

また、繰り返し行われる血液検査も貧血を悪化させる一つの要因になりえます。特に小型犬は血液の量が少なく影響が大きいため、必要以上に血液検査をするのは避けたほうがよいでしょう。

 

腎臓病による貧血の治療

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腎臓病による貧血は完治させることは困難ですが、治療によって症状の改善を期待することは可能です。ここからは貧血の治療法について見ていきます。

 

エリスロポイエチン補充療法

エリスロポイエチンを製剤化した薬を注射することによって造血を促す治療です。腎臓病による貧血の最も大きな原因に直接アプローチする治療法であるため、最も高い効果が期待できます。しかし、同時に最大のリスクを伴う"諸刃の剣"のような治療法であることを理解しなければなりません。

最大の問題は薬に対して抗体が作られることです。現在使用できるエリスロポイエチン製剤はすべて人用ですが、人と犬のエリスロポイエチンは構造が一部異なっているため、犬にとっては"異物"と認識され、これを攻撃する免疫機構がはたらいてしまうのです。抗体が作られてしまうと、まったく赤血球をつくることができなくなる赤芽球癆(せきがきゅうろう)という合併症を一定の確率で発症してしまうことが報告されています。こうなると生命維持のためには輸血に頼るしかなくなり、大変危険な状態となってしまいます。

こうした重大な副作用が想定されるため、エリスロポイエチン製剤は安易に使うべき薬ではありません。治療による貧血改善のメリットが、リスクを上回ると判断される場合にのみ使用するのが原則で、獣医師には非常に慎重な判断が求められます。

他の副作用として血圧上昇作用があるため、高血圧や心臓病がある場合にも注意が必要です。

 

消化管出血の治療

胃や腸での出血に対する治療として、胃酸の分泌を抑える薬(制酸剤)や、粘膜を保護する薬などを使用してみると、貧血にも有効である場合があります。腎臓病のわんちゃんではかなり高い割合で消化管出血が起きていることが報告されているため、目に見える消化器症状がなくても試験的に治療をしてみることが推奨されています。

 

鉄の補給

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腎臓病による貧血は単純な鉄不足ではないため、鉄を補給するだけではあまり効果は期待できないかもしれません。しかし、赤血球の材料である鉄が不足すれば、他の治療も無効になる可能性があるため、補助的に鉄を補給してあげることは重要であると考えられます。鉄剤には様々な種類があり、それぞれ性質が異なっています。

▪️処方薬(第一鉄製剤)

処方薬として使用されている鉄剤は、主に第一鉄という吸収率の高い形態の鉄です。しかし消化器系の副作用が出やすいとされ、制酸剤を併用すると吸収率が低下するものが多いため、消化管出血の治療とは併用しにくいかもしれません。

▪️ピロリン酸

第一鉄製剤と比べると吸収率は良くありませんが、そのかわり副作用が少ないのが長所です。ただし、ピロリン酸鉄には微量ながらリンが含まれていますので、強度のリン制限が必要な重度腎臓病の子には向かない可能性があります。

▪️クエン酸

クエン酸鉄は鉄としての吸収率はあまりよくありませんが、リン吸着能力をあわせ持っているという特長があります。血清リンの数値が高めで、同時に軽度の貧血もあるような場合には良い選択肢になるかもしれません。

▪️鉄アミノ酸キレート

鉄とアミノ酸を化学的に結合させたもので、一般的な鉄剤とは異なるルートで吸収されると考えられています。吸収率が高いとされていますが、過剰摂取には注意が必要です。

▪️ヘム鉄

ヘム鉄は動物性食品に含まれる天然の形態の鉄であるため副作用がでにくく、制酸剤を併用しても吸収率が低下しないのがメリットです。

▪️注射鉄剤

腸での鉄の吸収能力が低下している場合は、鉄剤を飲んでも十分な効果が得られない可能性があります。このような場合は注射での鉄補給が必要かもしれません。また、エリスロポイエチン治療を行う場合も注射で鉄を補給することが望ましいとされています。

 

鉄の過剰投与に注意

鉄は造血のために必要なミネラルである一方、活性酸素を発生する有害な作用も持っているため、過剰に摂取しないよう注意しなければなりません。鉄は特殊なミネラルで、一度体内に取り込まれると、他のミネラル類のように容易に排出することができません。あまった鉄は排出されるのではなく、細胞の中に閉じ込めて貯蔵されます。そのため長期間にわたって鉄剤の投与を続けると、鉄がどんどん体内に蓄積していき、肝臓障害などの有害な作用を起こす可能性があります。鉄の補給は獣医師の指導のもとで行うことが大切です。

 

おわりに

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わんちゃんの腎臓病による貧血の治療は、まだまだ発展途上と言ってよい状態です。将来的にはもっと安全な治療法も開発されるかもしれませんが(人ではエリスロポイエチンとは全く別のメカニズムで作用する新しい造血薬も使用され始めています)、残念ながら現時点で選択できる治療法は限られているかもしれません。

愛犬が少しでも健やかに余生を送れるように、獣医師とよく相談しながら、飼い主さん自身が納得のいく治療法を選択することが大切だと思います。

【免責事項】

 記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。実際の治療にあたっては獣医師にご相談ください。

 

【参考文献】

・Textbook of Veterinary  Internal Medicine 8th ed.(2017)

・Fiocchi EH, Cowgill LD, Brown DC, et al. The Use of Darbepoetin to Stimulate Erythropoiesis in the Treatment of Anemia of Chronic Kidney Disease in Dogs. J Vet Intern Med. 2017;31(2):476‐485.