腎臓病のわんちゃんに対して、動物病院で最もよく行われる治療"皮下輸液"について考えてみます。
わんちゃんの腎臓病治療は、初期には食餌療法だけのことも多いのですが、病気の進行とともに他の治療が必要になることがほとんどです。
食餌と食餌以外の獣医学的な治療は、互いに影響を与えあう関係にあります。そのため、食餌療法以外にはどんな治療をしているのか?を常に考えに入れなければなりません。
今回は、動物病院で最も一般的に行われる治療の1つである"皮下輸液"について考えてみたいと思います。
皮下輸液とは?
皮下輸液(皮下点滴、皮下補液ともいいます)とは、皮膚の下に輸液剤を投与する点滴の方法です。水分補給をして脱水を改善させる目的で行われることが多いです。
血管の中に点滴する静脈点滴と比べると、短い時間で済むため入院の必要がなく、非常に便利な点滴法です。
しかし、問題がないわけではありません。意外と知られていない盲点があるのです。
輸液剤の正体
皮下輸液には、「生理食塩水」や「リンゲル液」などの輸液剤が使用されるのが一般的です。
これらの輸液剤の性質を、ひとことで言い現すならば…"しおみず"です。
生理食塩水は0.9%濃度の食塩水です。その名の通り"しおみず"以外の何物でもありません。リンゲル液も多少成分が違うだけで大きくは変わりません。
つまり、皮下輸液を行うと、水と同時に必ず塩分(ナトリウム)も一緒に投与されてしまう、というジレンマがあるのです。
塩分はなぜ腎臓に悪い?
腎臓病用の療法食では「塩分を制限しています」とうたっているものが多いですね。
どうして腎臓病ではナトリウムの制限が必要になるのでしょうか?
わんちゃんは、人と違いほとんど汗をかかないため、食べ物から摂取したナトリウムは、ほぼ100%が腎臓からおしっことして排出されています。
そして、ナトリウムが体の外に出ていくとき、必ず"水"も一緒に出ていきます。野菜に塩をかけると水が出てくるのと同じで、ナトリウムには水を引っ張る力があるからです。
そのため、食べ物から摂取するナトリウムの量が多ければ多いほど、より大量の水がおしっことして体の外に出て行くことになります。
腎臓病の代表的な症状の1つである「多飲多尿」(おしっこの量が増え、水を飲む量も増える)は、腎臓病の進行とともに悪化すると考えられますが、摂取するナトリウムの量にも関係しています。
ナトリウムを制限すれば、それだけ多飲多尿の症状を軽くすることが期待できるのです。また、結果として脱水症状を起こすリスクも減らすことができると考えられます。
ナトリウム、どこまで制限する?
では、ナトリウムはどこまで制限すればいいのでしょうか?もちろん、少なければ少ないほど良い、というものではありません。
塩には水を引っ張る作用があるといいましたが、ナトリウムには血管の中に水分を留めておく、すなわち"血液の量を維持する"という、非常に大切な働きもあるのです。
ナトリウムを極端に制限しすぎると、血液の量が減少して腎臓にさらなるダメージを与えてしまう可能性もあります。(特に、心臓病の薬にはナトリウムを排泄させる作用を有しているものが多いため、併用には十分な注意が必要です)
ナトリウムは、多すぎても少なすぎても有害な作用をもたらす可能性があるため、腎臓に負担をかけない適切な範囲に調整してあげる必要があるのです。
比較!皮下輸液と食事のナトリウム
さて、せっかくナトリウムの少ない療法食を食べていても、皮下輸液でナトリウムを入れてしまったら、意味が無くなってしまうのではないでしょうか?
実際、どのくらいの影響があるのか、計算してみることにしましょう。
標準的な腎臓病用療法食のナトリウム含有量は、1000kcalあたりおよそ0.5g前後です。
体重10kgのわんちゃんが1日に600kcal分の療法食を食べたとすると、約300mgのナトリウムを摂取することになります。
では、このわんちゃんが300mlの皮下輸液を受けたとします。生理食塩水の場合、含まれるナトリウムの量は1080mgです。
なんと、皮下輸液をたった1回しただけで、1日の食事に含まれる量の約3.5倍のナトリウムを摂取してしまったことになります。
せっかく塩分を控えた食餌にしても、それを帳消しにしてしまうほどの力が皮下輸液にはある、ということを覚えておいてください。
皮下輸液で水分補給はできるのか?
ナトリウムを含んでいるのは仕方がない。それよりも水分補給の方が大事だ!という声が聞こえてきそうです。
でも、本当に皮下輸液で水分補給はできるのでしょうか?
腎機能が低下すると、おしっこを濃縮する能力が衰え、血液と同じ濃さの尿(等張尿)が出て行くようになります。これは生理食塩水の濃さとほぼ同じです。
つまり、腎臓病の子にいくら皮下輸液をしても、同じ濃さのおしっこが同じ量、そのまま出ていくことを意味しています。
これでは体に残る水分はほとんどありません。水分補給はできていないことになります。
ただし、実際には尿の濃縮能力はいきなりゼロになるわけではないので、この話にはやや誇張はあります。また、生理食塩水以外の輸液剤を使えば、多少なりとも水分を体に残すことも可能ではあります。
しかし、少なくとも一般的に信じられているほどには、皮下輸液は効率的な水分補給の手段ではない、とは言えると思います。
皮下輸液の本当の意義
水分補給ができないのだとしたら、いったい何のために皮下輸液をしているのでしょうか?
もちろん、まったく無意味な治療法というわけではありません。
皮下輸液をすると一時的に血液の量を増やすことができるため、腎臓に流れていく血液の量を回復させて、体にたまった尿毒素の排出を促すことができるのです。
わんちゃんの体調が悪いときに、皮下輸液をしてもらったら"元気になった"とか、"食欲が出て来た"といった経験をされた方は少なくないと思います。
尿毒症の症状を改善する、という目的であれば十分に合理的な治療法であり、決して間違っているわけではありません。
ただし、"皮下輸液で水分補給をしたから水を飲む必要はない"というのは、腎臓病の子については完全なる誤解であり、まったく事実ではありません。
塩分を含まない水を摂取しよう!
効率的に水分補給をしていくためには、口から、塩分を含まない水を摂取することが大切です。
1.ドライフードの食べ方
実は「ドライフードとお皿の水」という組み合わせが、水分摂取量を"へらす"ために最も有効な方法です。一番やってはいけないことを、皆さんやってしまっていませんか?
ドライフードを与える場合は、粒がひたひたになるくらいに水をかけて与えます。ふやかすことが目的ではないので、時間を置く必要はありません。これでかなりの水分量をかせぐことができます。
2.ウェットフードを使う
缶詰めやパウチなど、ウェットタイプのフードはもともと水分を多く含んでいます。
お皿から飲む水の量は減る可能性がありますが、トータルでの水分摂取量はウェットフードの方が多くなるということが知られています。もちろん、手作りごはんもウェットに当てはまるのでおすすめです。
他に、味のついたスープやドリンク風のもので積極的に水分補給をうながす方法もあります。また別の機会に記事にできればと思います。
おわりに
皮下輸液は、それが必要かつ適切な状況であればもちろん行うべきです。実際に、皮下輸液で恩恵を受けているわんちゃんも決して少なくはありません。
しかし、例えば尿毒症症状のない、初期の腎臓病の子に皮下輸液をしても、ほとんど何の効果も期待することはできないでしょう。
皮下輸液は、ある程度の痛みも伴う治療であり、わんちゃんにとっては負担になります。しなくて済むならば、しないに越したことはありません。
本当に今、その治療が必要なのか?をよく考えてから判断することが望まれます。
【免責事項】
記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。
実際の治療にあたっては、かかりつけの獣医師と相談のうえ、指示にしたがって行ってください。