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腎臓病と膵炎

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腎臓病と膵炎を併発しているわんちゃんのための、食餌療法のポイントを解説します。

すい臓は食べたものを消化するための消化酵素をつくっている臓器です。すい炎とは本来腸の中に分泌されてから活性化する消化酵素が、なんらかの理由によって分泌される前にすい臓の中で活性化してしまうことで激しい炎症を起こす病気です。言わば"自分自身を消化してしまう状態"になり、激しい腹痛や嘔吐、食欲不振などの症状がみられます。このページでは腎臓病のわんちゃんが膵炎になったときに注意するポイント、食餌療法の基本について解説していきます。

 

 目次

 

急性膵炎と脱水

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突然はげしい症状を起こす急性膵炎は病院での治療が中心になるため、ここでは簡単に脱水についてだけ触れておきます。

膵炎では吐くことによって水分が失われたり、食欲不振や腹痛が原因で水を飲めなくなったりするため、脱水を起こしやすい状態になります。特に腎臓病の子は水分保持能力が低下しているため、より簡単に脱水状態になってしまうと考えられます。

脱水は単に体の水分が減るというだけではなく、腎臓に流れる血液の量が減ってしまうということを意味しています。結果として老廃物のろ過ができなくなり、尿毒素が体内に蓄積して尿毒症の症状が現れる可能性もあります。

もともと腎臓病のある子は、膵炎それ自体が軽症であっても脱水によって症状がより重症化する可能性があるのです。「食べない、飲まない」という症状がみられたら、すぐに病院で診察を受けるようにしましょう。脱水による尿毒症には点滴治療が不可欠となります。

 

慢性膵炎

慢性膵炎は急性膵炎よりも弱い炎症が長期にわたって残り、ときおり症状の再発を繰り返すことが多い疾患です。急性膵炎と比べると一回一回の症状は軽いことが多いですが、お腹の痛みや不快感で生活の質は低下します。症状が出た時に適切な治療をするのは当然として、症状の出る頻度自体を減らすための対策をしていくことが必要になります。なお、急性膵炎から回復した子に関しても、再発を予防するためには慢性膵炎と同様の管理をしていくことが推奨されます。

 

低脂肪食

すい炎の発症には脂肪分の多い食餌が関連していると考えられていますので、低脂肪の食餌にすることが管理の基本となります。

目安として食餌1000kcalあたりの脂質を20g以下にすることが推奨されています。これは標準的なカロリーのドライフードの場合、およそ脂肪として7〜8%に相当します。この条件を満たす低脂肪の療法食や、ダイエット用の一般食などもありますが、いずれも腎臓病には対応していません。一方、腎臓病用の療法食は15〜20%前後の脂肪が含まれているのが一般的であり、膵炎の子には適さないと考えられます。

残念ながら、腎臓病用療法食の基準を満たし、しかも低脂肪であるものは今のところ市販されていないため、手作り食で対応するしかありません。手作り食レシピについては他記事を参照してください。


低脂肪のリスク

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脂肪は生命維持のために不可欠な必須脂肪酸の供給源でもあり、また、脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、K)はある程度の脂肪がないと吸収することができないということもわかっています。脂肪を極端に制限しすぎると必須脂肪酸脂溶性ビタミンの欠乏症を起こす可能性があるため、適切なレベルに調整する必要があります。少なければよいというものではないので注意しましょう。

また、低脂肪の食餌は低カロリーになりがちであることにも注意が必要です。腎臓病のためにタンパク質やリンの割合を調整していても、同時に脂肪制限でカロリーを減らしてしまうと、その分多くの量を食べなくてはならなくなり、結局タンパク質やリンを過剰に摂取してしまうことになるのです。

脂肪は制限してもカロリーは減らさないことが大切です。減らした分の脂肪を同じカロリーの炭水化物で置き換えることで、タンパク質やリンの適切な摂取量を維持しつつ低脂肪にすることが可能です。この場合の炭水化物源としては、イモ類など、でんぷん質の食材を加えるか、食餌量を増やしたくない場合には水に溶ける純粋な炭水化物であるマルトデキストリンを使うことができます。

 

オメガ3脂肪酸強化と低脂肪

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腎臓病の療法食ではEPADHAなどのオメガ3脂肪酸の強化が推奨されていますが、低脂肪とオメガ3脂肪酸の強化は両立可能なのでしょうか?

脂肪を大きくグループ分けすると、飽和脂肪酸一価不飽和脂肪酸オメガ6系脂肪酸オメガ3系脂肪酸の4つがあります。オメガ6系脂肪酸は必須脂肪酸なので、一定の量は必要になりますが、飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸は必須ではありません。すなわち飽和脂肪酸の多い動物性脂肪と、一価不飽和脂肪酸を多く含む植物油の使用量を減らすことで、低脂肪かつ高オメガ3脂肪酸のレシピを作ることが可能となります。特に膵炎を誘発しやすいのは飽和脂肪酸であるとも言われているため、動物性脂肪は徹底して制限しましょう。

 

高脂血症

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高脂血症とは血液中のトリグリセリド(中性脂肪:TG)または総コレステロール(TCho)が正常よりも高い状態のことを指します。高脂血症があると膵炎を発症するリスクが高くなることが知られています。高脂血症をひき起こす基礎疾患(甲状腺機能低下症、クッシング症候群、糖尿病など)がなく、低脂肪食を食べていても異常な高脂血症が続く場合は遺伝的な素因があるのかもしれません。

オメガ3脂肪酸EPAには高脂血症を改善させる効果もあることが知られているため、療法食単体で効果が十分みられない場合は、EPAの追加使用を検討しましょう。この場合、サプリメントのフィッシュオイルよりも医薬品グレードのEPAの方がより適しているかもしれません。それでも改善が乏しい場合には、高脂血症改善薬の使用を検討します。ただし、薬には副作用の可能性もあるため安易に使うべきではありません。最終手段と位置づけましょう。

なお、中性脂肪は食後に上昇しますので、血液検査をするときは必ず絶食とすることを忘れないようにしましょう。

 

高カルシウム血症

高カルシウム血症は血液中のカルシウム濃度が正常よりも高い状態で、こちらも膵炎のリスクを高くすることが知られています。腎臓病で注意すべきポイントはリン吸着剤カルシトリオール療法です。

血清リンの数値が上昇してきたときには、各種のリン吸着剤が使われることがありますが、膵炎の食餌管理を行なっている場合は、カルシウム系のリン吸着剤は避けたほうが良いかもしれません。炭酸カルシウムなどが腎臓用のサプリメントにも配合されていることがあるので注意しましょう。

腎臓病の治療として行われることのあるビタミンD(カルシトリオール)療法は、高カルシウム血症を起こしやすいため、膵炎がある子の場合はその治療をすべきかどうかも含めて総合的な判断が必要です。

 

おわりに

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腎臓病と膵炎を併発している子のための食餌管理について解説してきました。この問題に悩んでいるわんちゃんはかなり多いのではないかと推測します。

急性膵炎は最悪の場合、命を落とす可能性もある怖い病気です。一方で腎臓病は基本的にゆっくりと進行していく病気であるため、治療の効果がすぐに目に見えるものではありません。このため、多くの獣医師が膵炎の管理を優先して低脂肪食を選択し、腎臓病についてはサプリメントお茶を濁す程度の事になってしまうこともあるようです。残念ながら療法食の代わりになるサプリメントというものは存在しませんので、これは非常にもったいない現実です。

手作り食であれば両方の疾患に対応することが可能です。"腎臓病 or 膵炎"ではなく、"腎臓病 and 膵炎"の選択肢があるのだということを、是非多くの獣医さんにも知っていただきたいと思っています。

 

【免責事項】

記事は現在の獣医学的知見に照らし標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。実際の治療にあたっては、かかりつけの獣医師にご相談ください。