腎臓病のわんちゃんがよくかかる、細菌性膀胱炎の治療と予防についてまとめます。
細菌性ぼうこう炎は、尿道から細菌が入って、膀胱で感染を起こすことによって発症します。
腎臓病でなくても起こることはありますが、腎臓病になると、より高い確率で膀胱炎を起こすことが知られています。
特に女の子は膀胱炎になりやすいので、腎臓病と診断されたら、いつ膀胱炎になっても不思議ではないと考えてください。日頃からおしっこの状態を観察していくことが大切です。
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なぜ膀胱炎になりやすい?
健康な子の場合、おしっこそのものが細菌の増殖をおさえる作用を持っています。
尿の中には、各種の「酸」や「糖」、「ディフェンシン」という抗菌作用を持つ物質など、細菌の増殖を抑える因子が多数含まれていることが明らかになっています。細菌の侵入に抵抗する力を、生まれつきに備えているということですね。
しかし、腎臓病になると、この生体防御機能が低下すると考えられています。理由の1つが、腎臓病ではおしっこを濃縮する機能が低下することです。尿がうすくなると抗菌物質の濃度も薄くなり、本来持っている抵抗力を失ってしまうのです。
腎盂腎炎と腎臓病
細菌性膀胱炎を放置すると、感染が腎臓にまで広がって、腎盂腎炎(じんうじんえん)という病気に発展することがあります。
腎盂腎炎は、それ自体命に関わることもある重症疾患であり、決して油断はできません。
さらに、腎盂腎炎は腎臓病を進行させる重要な要因になります。細菌感染が腎臓にまで広がると、もともと弱っている腎機能にさらなる追い討ちをかけることになります。仮に治療が成功して回復できたとしても、その後の腎機能の低下は免れません。
腎盂腎炎にならないようにするためには、膀胱炎の段階で発見して、すぐに適切な治療を行うことが大切です。
治療の原則は抗生物質
細菌性膀胱炎は抗生物質を使って治療するのが大原則です。しかし、腎臓病の子の膀胱炎治療は通常よりも難しい、ということは覚えておいてください。
飲み薬または注射で体内に入った抗生物質は、腎臓でろ過されておしっこの中に排泄されます。
腎機能が正常な子の場合、尿が濃縮されるときに抗生物質の濃度も濃くなるため、膀胱の中の細菌には高濃度の抗生物質が作用することになります。
一方、腎臓病では尿の濃縮機能が低下しているため、尿中の抗生物質の濃度は血液中の濃度とあまり変わらなくなってしまいます。
もちろん、血液中の濃度でも十分有効であることも多いのですが、"尿の濃縮"という圧倒的な強みを失うことは、かなりのハンディキャップと言えるでしょう。
感染している菌の種類や、使用する抗生物質との相性によっては、なかなか治療がうまくいかないこともあります。「膀胱炎なんて簡単に治る」という思い込みは、この際捨てていただきたいと思います。
診断の落とし穴
膀胱炎の治療がうまくいかないケースでは、腎臓病以外にもなにか原因がないか?確認しておくことが大切です。
⑴ 耐性菌
耐性菌とは、抗生物質が効かない細菌のことです。特に複数の抗生物質が効かなくなったものを多剤耐性菌といい、人の医療でも大変問題になっています。
「薬剤感受性試験」という検査によって、どの抗生物質がその菌に対して有効なのかを調べることができますので、必要に応じて実施してもらいましょう。効く抗生物質が1つもないということは通常は滅多にありません。
⑵ 尿路結石
以外と見逃しやすいのが膀胱結石などの結石症です。結石があると感染を起こしやすく、一度良くなっても、再発するリスクが非常に高くなります。
レントゲン検査や超音波検査で、結石がないか確認しておくことも大切です。可能であれば最初の時点で、最低でも再発の際には検査をうけることをおすすめします。
⑶ 無症候性細菌尿
これは尿検査では細菌が検出されるのですが、血尿や頻尿のような症状、炎症を起こしていないものをいいます。
かつて、おしっこは無菌であると考えられていました。しかし最近の研究では、実はおしっこは本来無菌ではなく、"共生関係"にある無害な細菌が生息していることが明らかになっています。
ちょうど腸内細菌と同じように、こうした善玉菌が生体防御にも一役かっている可能性があります。尿検査でみつかる細菌が、こうした善玉菌である可能性もあるかもしれません。炎症や症状がない細菌尿の場合は、あわてて抗生物質を使うのではなく、慎重に経過を見るというのも1つの選択肢かもしれません。
膀胱炎の予防
それでは、ここからは膀胱炎の予防について考えていきます。
一度でも細菌性膀胱炎を起こした子は、治療が成功して治った場合でも、そのあと再発するリスクが大変高いため注意が必要です。
腎臓病そのものは治らないので、"膀胱炎になりやすい状態"が治ることもないからです。
残念ながら、膀胱炎を確実に予防できる方法は現在まで知られていません。しかし、わずかでも再発の可能性を減らしたり、再発の頻度を少なくすることはできるかもしれません。
効果が期待されている予防の方法を次にまとめます。ただし、いずれもはっきりと効果が証明されたものではありませんので、1つの参考としてください。
クランベリー
クランベリーは、人では膀胱炎の予防に効果があると考えられており、サプリメントとして世界的に広く使用されています。
クランベリーに含まれる「プロアントシアニジン」という物質には、細菌が膀胱の細胞にくっつくのを妨げる作用や、細菌の集合体である"バイオフィルム"の形成を抑える作用があることがわかっています。
実際に腎臓病のわんちゃんで、膀胱炎を予防できるのか?というと、はっきりとした証拠はありませんが、少なくとも有害な作用がほとんどなく、実験的には予防効果が期待されているため、膀胱炎をくり返すわんちゃんは使用を検討してもいいかもしれません。
D-マンノース
D-マンノースはこんにゃくなどに含まれる食物繊維(グルコマンナン)を構成する糖で、ほとんど代謝されずにそのまま尿に排泄されます。これもある種の細菌に対して、膀胱の細胞への接着を妨げる作用があります。
わんちゃんではまだ十分に研究されていませんが、人では膀胱炎の再発予防に効果が期待されています。
なお、グルコマンナンそのものは消化できない食物繊維であるため、こんにゃくを食べさせても効果はあまり期待できないと考えられます。
女性ホルモン補充療法
人では女性ホルモンの補充療法を行うことで、高齢女性の膀胱炎の予防につながることが示されています。
わんちゃんの場合は明らかではありませんが、ホルモン反応性の尿失禁が関係している場合には、効果があるかもしれません。
ホルモン反応性尿失禁は、避妊手術済みの女の子でよくみられる症状で、おしっこが漏れてしまう"失禁"の症状がみられます。
女性ホルモンの不足によって尿道括約筋が弱くなり、きちんと締まらなくなることが原因と考えられています。(「反応性」とは、女性ホルモンの補充によって改善するという意味です)
尿失禁があることで、細菌がより侵入しやすくなると考えられるため、膀胱炎を起こしやすくなるおそれがあるのです。
しかし、この尿失禁という症状は見逃されやすいという問題があります。ごく軽度の失禁の場合、わんちゃんは自分でなめてしまうこともあり、飼い主さんもなかなか気付くことができないのです。
わんちゃんの普段の様子をよく観察してもらい、陰部をなめている様子などがあれば、尿失禁が隠れている可能性があります。 このようなときは、女性ホルモン剤を試してみる価値はあるかもしれません。
ただし、女性ホルモン剤は副作用として貧血を起こす可能性があります。もともと腎臓病のために貧血になっている場合はその副作用が強く出る可能性もあります。定期的に血液検査をしながら、慎重に治療を進める必要があります。
定期検査のススメ
腎臓病のわんちゃんの細菌性膀胱炎は、現状では完全な予防はできないと考えられるため、定期的な尿検査で早期発見につとめることも大切です。
細菌性膀胱炎は、必ずしも血尿や頻尿などのわかりやすい症状がみられないこともあります。尿の臭いで気付くこともありますが、これも細菌の種類によるので、臭くならないこともあります。
どのくらいの頻度で検査すべきか、はっきりした基準はありませんが、今までに何度も再発している子の場合は、出来るだけこまめに検査をしてもらうことをおすすめします。
膀胱炎の早期発見は飼い主さんの注意力が頼りです。小さな変化も見逃さないように、しっかりとわんちゃんを見守ってあげてくださいね。
【免責事項】
記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。
実際の治療にあたっては、かかりつけの獣医師と相談のうえ、指示にしたがって行ってください。