わんちゃんの腎臓病で使用される薬、ACE阻害薬について解説します。
わんちゃんの腎臓病では食餌療法とともに、お薬による治療が行われることがあります。もちろん腎臓病を"治す"ことはできませんので、腎臓病の進行防止や、症状の改善を目的としています。
動物病院でもらった薬はどういう薬で、どんな効果が期待できるのか?どんな副作用に注意しなければならないのか?やはり気になるところですよね?
本来は動物病院の先生に聞くべきことではありますが、それが難しい事情もあるかもしれません。参考にしていただければと思います。
今回は、わんちゃんの腎臓病に対してよく処方される、ACE阻害薬(アンギオテンシン変換酵素阻害薬)と呼ばれる薬についてお話ししたいと思います。
目次
ACE阻害薬とは
代表的なACE阻害薬として、以下のものがあります。
・ベナゼプリル
・アラセプリル
・エナラプリル
・テモカプリル
・ラミプリル
この系統の薬は"アンギオテンシン"という、血管をコントロールしているホルモンの働きを抑えることによって効果を発揮します。すなわち、ACE阻害薬は"血液の流れ方"に変化を起こす薬であると理解してください。
どんなときに使うのか?
わんちゃんにACE阻害薬を使う目的は大きく3つあります。
- 血圧を下げる
- タンパク尿の抑制
- 心臓病の薬として
実際、最も頻繁に使われる理由は、3.心臓病に対してであると思われますが、心臓病の話は今回のテーマではないので、1.と2.について解説していきます。
腎臓病と高血圧
腎臓病のわんちゃんでは、一部の患者さんで高血圧が認められることがあります。
腎臓病が高血圧を誘発し、高血圧がさらに腎臓病を悪化させる、という負のスパイラル=悪循環の関係にあると考えられています。
そのため、高血圧がある患者さんの場合は、出来るだけ早く治療を始めて血圧のコントロールをしていくことが望ましいと考えられます。わんちゃんの場合、高血圧の治療で最初に使う薬として推奨されているのがACE阻害薬です。
治療を検討する目安は、収縮期血圧(いわゆる上の血圧)が150mmHg以上のときとされています。さらに、180mmHgを超えている場合は重症で緊急性があると考えられ、すぐに治療を始めることが推奨されています。
ただし、ここで注意が必要なのが、"白衣効果"という現象です。人でも病院で測った血圧は自宅で測ったときよりも高くなることが知られています。なれない環境での緊張や不安が血圧を上げてしまうからです。
わんちゃんにも全く同じことが起こります。このことを考えに入れずに、血圧の数字だけを見て治療を始めてしまうと、逆に血圧を下げすぎてしまう怖れもあります。
基準値を超えているから、すぐに薬を飲まなければならない、というものではありません。どのタイミングで治療を始めるのかは、高度な判断が必要とされます。獣医師とよく相談してください。
タンパク尿の抑制
血液中のタンパク質がおしっこの中に漏れ出てしまう症状を、タンパク尿といいます。
タンパク尿は腎臓病の結果であると同時に、腎臓病の進行をより早めてしまう悪化因子であることが知られています。これも悪循環です。そのため、病的なタンパク尿がみられている場合は、出来るだけ早く治療を始めることが望ましいと考えられます。
タンパク尿の程度は、尿検査で"尿タンパク/クレアチニン比(UPC)"という項目を調べることによって判定します。UPCが"0.5"を超えている場合には治療が推奨されています。
ところで、お薬を始める前に確認しておきたいのが食餌です。タンパク質の多い食餌を食べているとタンパク尿も増えてしまうことが知られているからです。もし、すでに療法食を食べているのでなければ、薬を始める前に食餌を変更してみるのも一つの方法です。
副作用①〜腎機能低下
それでは次に副作用について検討していきます。最も注意すべき副作用として、腎機能の低下があります。ACE阻害薬の服用を始めると、BUNやクレアチニンなど血液検査の数値がある程度上昇することがあるのです。
腎臓病の治療をしているのに、腎機能がさらに低下する?何ともおかしな話ですよね。
ACE阻害薬には腎臓の血管を広げる作用があるため、血液が腎臓を素通りする格好になって、おしっことしてろ過される分が減ってしまうことがあるのです。
これは血液の流れが変化することで起こる現象であり、必ずしも腎臓の"傷害"を意味するものではありません。多少腎臓の数値があがったとしても、結果として許容範囲内であれば、あわてて薬を中止する必要はありません。
ただし、比較的重症の患者さんの場合はこれに耐えることができず、尿毒症症状を発症してしまう可能性がありますので、この場合はACE阻害薬の使用はあきらめなければいけないかもしれません。
薬を飲み始めたら、通常2週間以内には血液検査をして、問題が起きていないことを確認することが推奨されます。
副作用②〜高カリウム血症
ACE阻害薬の共通した副作用として、血液のカリウム値が上昇する高カリウム血症が挙げられます。
ACE阻害薬はカリウムを尿中に排出するホルモン(アルドステロン)の分泌を間接的に抑えてしまうからです。
血清カリウム(K)の正常値はおよそ3.5〜4.5mEq/Lです。5.5くらいまでなら大きな問題は発生しませんが、6.0を超えるようであれば何らかの対策をしたほうが良いかもしれません。治療に支障のない範囲で使用量を減らしたり、場合によっては薬の種類を変更することもあるかもしれません。
もうひとつの対策が、食餌からのカリウム摂取量を減らすことです。カリウムを含むサプリメント等を使用している場合は中止を検討しましょう。それでも高カリウム血症が続く場合は、食餌そのものに含まれるカリウムを減らす必要があります。
一般的なドッグフードや療法食は、通常カリウムが強化されており、低カリウムに調整してある市販のフードというものは、筆者の知る限りありません。
手作り食であれば、低カリウムに調整したごはんを作ることは可能ですが、定期的に血液検査をしながら、慎重にカリウム量を調整する必要があります。獣医師の指導のもとで行うようにしましょう。
推奨されないケース
それでは、ACE阻害薬を使用する目的を、もう一度おさらいしておきましょう。
- 血圧を下げる
- タンパク尿の抑制
- 心臓病の薬として
さて、いずれのケースにも当てはまらない場合はどうなのでしょう?高血圧でもなくタンパク尿もない腎臓病のわんちゃんは少なくありません。(というより、むしろこちらが多数派のような気がします)
実はこうした患者さんに対する、ACE阻害薬の有効性は証明されていません。根拠のない治療になるため、現状では使用を推奨することはできません。
使ってはいけないわけではありませんが、副作用のリスクや、かかる費用に見合うだけのメリットがあるかどうかは疑わしいところです。獣医師とよく相談して治療方針を決めていただければと思います。
【免責事項】
記事は現在の獣医学的知見に照らし、標準的と思われる内容を記載していますが、個別の患者様に対する効果を保証するものではありません。
実際の治療にあたっては、かかりつけの獣医師と相談のうえ、指示にしたがって行ってください。